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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その281

b0083728_11382292.jpg個人的経験:
ロッシーニ・クレッシェンド
の効果を発揮させ、
この作曲家の成功を
決定付けたのは、
「試金石」という
オペラ・ブッファだと、
どの本にも書かれている。
例えば、立風書房の
「オペラの発見」にも、
「『試金石』の成功は、
とくに甚だしい」という
表現で特筆されていた。
このオペラに関しては、
最近、naiveから、
DVDが出て話題になっている。


私は、これを、すっとばして行くつもりであったが、
現代の映像表現を駆使した舞台が注目されていることや、
特別仕様で、豪華装丁のパンフレット付きの、
見たこともないずっしりとしたDVDの実物を店頭で手に取って、
どうしても欲しくなってしまった。

豪華装丁は結構だが、
すみずみまで味わい尽くすには、
かなりの時間が必要である。

例えば、スタンダールが書いた、
このオペラへの賛辞を含む、
このブックレット一つとっても、
書いてある事を
逐一報告するには、
ちゃらっとした鑑賞では済ませられない。

さらに、このブックレット、
字が多くて内容が濃いだけではない。
美しいおしゃれな写真が散りばめられて、
眺めているだけで、
幸福な気分になってしまう優れものだ。

当然のように、歌手たちもやたら美しい。

2007年1月にパリ、
シャトレ座で行われた公演のライブであるという。
これは幸福な体験だっただろうなあ、
と思わせる内容。

ここでは、心の重荷になることを恐れ、
最初から、ちゃらっとした鑑賞しかしないことを、
高らかに宣言しておきたいと思う。

さて、今回の演奏は、スピノージが指揮する、
アンサンブル・マテウスが演奏しているが、
この演奏家の説明を読んでも、
私は嬉しくなってしまった。

この指揮者は、何と、室内楽奏者の出身であり、
1993年、アムステルダムで開かれた、
ファン・ヴァッセナール・コンクールなる競技会で賞を取った、
マテウス四重奏団の、第1ヴァイオリン奏者なのだという。

このブログの主題は、
シューベルトの室内楽であるにもかかわらず、
ここのところ、オペラばかり聴いているので、
実は、後ろめたさを感じていたが、
この略歴を見て、少し、心が落ち着いた。

そして、楽団の名前を見ても明らかだが、
もともと四重奏団だったものが増殖して、
このアンサンブルが出来たという。

フランスを拠点としているようだ。

ヴィーン・フィルの楽団員が集まってとか、
バイエルン放送交響楽団の連中が集まって、
とか言う話は、ここでも散々取り上げたが、
四重奏団が発展してオーケストラ化とは、
前代未聞の話である。

が、シューベルトの時代は、
家庭で室内楽が演奏され、それが集まって、
オーケストラみたいな活動もしていたわけで、
本来、そういったものなのかもしれない。

「ロッシーニの輝かしい放射」という題で、
この指揮者が語った文章を見てみると、
若い頃からロッシーニのオペラが好きで、
そのリズム、素晴らしいメロディによって、
見るといつも幸福な気分になったとある。

かなりの筋金入りのロッシーニ狂である。
映像を見ると、痩身長躯、いかにもオタク風だが、
いかにもエネルギッシュで、
体中から音楽が「輝かしく放射」している。

そんな人が室内楽、
中でも厳格な弦楽四重奏をやっていたなど、
西欧から隔絶され、
頭でだけ、それを理解しようとしてきた日本人の感覚では、
まったくもって信じられないが、
そうしたいっさいがっさいが、
ヨーロッパというものなのだろうか。

そして、私が興味深く思ったのは、
今回の私と同様の事が、
この指揮者にも起こったような事が書かれていたからだ。

まず、彼は、「なりゆき泥棒」を上演し、
次に、「セビリャの理髪師」をやろうと考えていたが、
どうせなら、あまり知られていない作品をやろう、
というアイデアが閃いたというのである。

私も、シューベルトが実際に見たオペラだけを、
取り上げて行くつもりだったが、
完全に脇道に逸れ、
あまり解説書に出ていない作品を味わう事の方が、
むしろ楽しみになってしまった。

また、以下は、私が体験したようなことではないが、
この作品の一点の欠点もないスコアを見て、
指揮者は、これは真の傑作だと確信したと言う。
そして、「試金石」は知られざるロッシーニの傑作であって、
知られざる状況が、まさに変わりつつある時だと書いている。

ますます持って楽しみになる。

そして、ロッシーニの音楽の繊細さ、柔軟さ、
強弱の絶え間ない変化など、「ハイテク並」として、
指揮が難しい事を語っている。

「試金石」では、さらに、
テンポの変化の重要性があることを特記している。
これは、後で出て来る「解説」にも書かれていることだ。

そして、声楽の作曲家であると共に、
器楽の作曲家としての彼の重要さを語り、
明暗法や色彩の観点から、
ピリオド楽器による演奏が好ましいとしている。

彼は、最新の音楽学から、
19世紀初期のイタリアのオーケストラに、
ふさわしい改訂をしたという。
それによって、ようやく、
強力なコントラバスを土台にした、
本来の響きがもたらせたと威張っている。

今回の豪華ブックレットに含まれる解説では、
シルビアーネ・ファルシネッリが書いた、
「若きロッシーニの発展における試金石」という文章のみ読んだ。

「20歳だったのだ!
1812年、9月26日にミラノ・スカラ座で、
『試金石』が初演された時、
かれはきっかり20歳だったのだ。
成功ばかりか、兵役の免除という特典まで得た、
かくも早熟なロッシーニの生い立ちから、
何か突き止められるものがあるだろうか。
あえて言うなら、この二幕のオペラには、
これが若書きだと思わせる何者もない。
むしろ、ここに、ロッシーニのすべてを聴く。
実際、言うなれば、
その固有のうち、特質の最良のものを。」

このように、このDVDの解説には、
ただならぬ熱気が立ち込めている。

この後に、「天才の教育」という文章が続く。
これは、ロッシーニが、「試金石」を書くまでに、
どんな道筋を歩いて来たかを書き記したもの。

要点をかいつまむとこうだ。
・父親はトランペット奏者、母親は歌手という恵まれた音楽的環境。
しかも、父親はフランス革命の思想に共感して政治的にも活発、
かつ、陽気で衝動的な熱血漢だった模様。
愛称は「ヴィヴァッツァ」である。
母親は明るく、ユーモアあふれる人柄だった。

・ただし、ロッシーニの教育は最初、手抜きだった。
親爺は忙しく、隣のワイン商が、
二本指で弾くスピネットを教えた程度。

・10歳の時から、徹底的に古典の基本から学んだ。
司祭が歌唱と通奏低音を教え、
そこから、ハイドンとモーツァルトへの愛情が芽生えた。

・1804年、一家はボローニャに引っ越し、さらに修練。
父子とも、もともとホルンが上手であったが、
ヴィオラも学び、声変わりするまで、歌手としても働いた。
弦楽のためのソナタなどを作曲。

・1806年、ハープシコードの伴奏を務め、合唱指揮もする。
チェロとピアノを学び、作曲を試みる。
歌手の一家にそそのかされて、最初のオペラを作曲。

・1807年、対位法を学ぶ(1810年まで)。
マルティーニ神父の弟子、マッテイ神父のクラスにて。
しかし、彼は後年、ヴァーグナーに、

「すべての対位法レッスンより、
モーツァルト、ハイドンのスコアからの、
徹底した勉強の方が、多くを学んだ」と語った。

マッテイ神父は、このオーストリアの二巨匠への熱狂を見て、
ロッシーニを「テデスキーノ(ドイツ小僧)」と呼んだという。

・1808年、ミサ、カンタータ、二曲の交響曲の作曲依頼。
ファエンツァでのハープシコード奏者としての実績より。
交響曲の一曲は、オペラ界デビューとなる『結婚手形』で再使用。

・1810年、このオペラは初演され成功。
(ヴェニスのサン・モイーズ劇場で。)
モーツァルトやチマローザにつながる古典的傾向の作曲技法と、
喜劇的感覚の結合。
歌手達は、オーケストラが被さると文句を言う。
ロッシーニの生涯を特徴付ける、本質的な芸術特性が見られる。
このようなことからも、「試金石」が、
完成された作品になった理由が分かる。

さらに、「リズムへの天性」という文章。
こうした背景から、彼のオペラのスタイルを検証するもの。

・彼は自分の音楽に何が求められているかをすぐ理解する。
そして、必要とあらば再利用する。
「試金石」にも、「デメトリオ」や「ひどい誤解」の再使用がある。
「試金石」の序曲も、「タンクレーディ」に転用された。

・有名なクレッシェンドも、モスカやピーアから盗ったとされる。
いいものはすぐ採用だ。

・他のイタリア・オペラの作曲家より器楽の洗練が賞賛される。
(当時のイタリアのオーケストラはアマチュアの寄せ集めだった。)

・各ナンバーの推移のなめらかさは、モーツァルトに負う。

・弦楽器や管楽器の演奏経験が、楽器のソロを効果的にしている。
下品にも奔放にもならず、彼の思い通りの強調効果を奏する。

・リズムこそが彼のトレードマーク。
喜劇的表現に真似の出来ない鼓動を与える。
推進力、泡立つような興奮、話法の弾むような質感。
劇の進行をいささかも妨げない各ナンバーの釣り合い。
戯画的な筋であっても優しさを持ち、
登場人物を平板にせず霊感を与えている。

アンサンブルの構成や魅惑的な転調に彼の名技性が見える。
あちこちの音楽ラインにも、
作品内部の細かいところにも優雅さが宿る。

ロッシーニはヴァーグナーに、
「私には才能と、ずっと多くの直感があった」と語り、
「もし、ドイツで勉強していたら、
もっとマシなものが書けただろう」と言った。

「ベートーヴェンは人間の天才だが、
バッハは神の奇跡だ」と言って、
バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを賛美した。

次に、「作品の現代における評価」という文章が来るが、
最後は、
「最初に50回もの公演が繰り返された、
『試金石』の成功が、
女性が好意を得ようと殺到するような、
流行の作曲家に彼を押し上げた。」
と書いて終わる。

もう十分に、ロッシーニのすごさは分かった。
以上が、ファルシネッリ女史が書いた部分。
早く、作品を聴いて見たい。

登場人物も多いので、あらすじを書き出すのが大変だ。
が、「試金石」という題名通り、
裕福な伯爵が、本当に結婚すべき相手を探す、
というシンプルな内容である。

序曲は、確かに、タンクレーディと同じだ。
が、あの曲は、こんなに繊細にハープや、
トライアングルが鳴っていたっけ。
ハープに聞こえたのは、ハープシコードかもしれない。

この序曲の間から、怪しい作業風景が映っていて、
それが背景のスクリーンに大写しされていく。

箱庭的な風景が模型で作られていき、
同時に、青いバックに登場人物が作業を行うと、
いわゆる背景切り抜きの技術の活用によって、
模型の中に、これらの人物が合成標示されていくというわけだ。
奇妙な作業は、屋外パーティの準備の風景となって、
合成画面に映し出されている。

第1幕:
「オペラは、アシュドルバーレ伯爵の豪邸の庭である。」
とあるように、箱庭は伯爵の豪奢な庭。
作業しているのは、屋外のパーティの準備をするコックで、
大写しのスクリーン上では、庭でパーティの支度されているように、
合成表示されて行くのである。
動入曲への入り方も素晴らしい。
アシュドルバーレ伯爵みたいないい人はいない、
という合唱である。

カラフルなパーティ衣装に身を包んだ登場人物も、
青バックの前で歌っているだけだが、
投影されたスクリーン上では、
南欧風の別荘にでも、
集っているかのように見える。

これが素晴らしい合唱に発展していくのには、
いきなり、圧倒された。

「へぼ詩人のパキュービオが、
無関心で、いささか敵意すらある聴衆の前で、
詩の一節を朗読する場面から始まる。
彼が好きなドンナ・フルヴィアだけは、
彼に関心を示してやる。」
クリスティアン・センというバリトン演じるパキュービオは、
ここでは、背広を着た、7・3分けの、サラリーマン風で、
朗々と自作の詩を歌うが、
この時の伴奏の生き生きとした楽しさを特筆したい。
彼は、いろいろ声をかけるが相手にされない。

彼は、黄色い衣装のドンナ・フルヴィアから、
声をかけられるが、彼女の澄みきった声は、
とても良く通るもので、容姿も魅力的だ。
ラウラ・ジョルダーノというソプラノである。

「彼女は、彼女が欲しい、
(アスパージア男爵夫人も欲しがっている、)
財産を持つ、
アシュドルバールとの結婚がうまくいけば、
彼の未来はバラ色だと約束する。」

このあたりは、レチタティーボである。
黄色いフルヴィアに対し、アスパージアは、真っ赤なドレス。
ジェニファー・ホロウェイというこれまた、
すらりとしたソプラノ。

アシュドルバール←ドンナ・フルヴィア←パキュービオ
           ←アスパージア
という構図だ。
あらすじを読むと、沢山の女たちが登場しそうだが、
いかにも、この二人は落第しそうである。

「アスパージアに求婚している、
ヤバい道徳観のジャーナリスト、
マクロビオが現れ、
侯爵未亡人のクラリーチェを愛するジョコンドと口論する。
しかし、彼女はアシュドルバーレを愛している。」

模型を写すカメラは室内の様子のものとなり、
それだけでシーンが室内シーンとなる。
新聞と持ったイケメン(マクロビオ)と、
ひげ面の不敵な顔立ちの太った人(ジョコンド)が、
さかんにやり合っている。
前者が、ホアン・マルティン=ロヨというバリトン、
後者は、ホセ・マヌエル・サパタというテノール。

木管楽器が活躍する変幻自在のテンポが、
音楽にすごい推進力を与えている。

アシュドルバール←ドンナ・フルヴィア←パキュービオ
           ←アスパージア   ←マクロビオ
                           ↓
           ←クラリーチェ   ←ジョコンド
という構図になって来た。
ほとんど、横矢印だけで表現できて良い。

次に、黄色い室内になり、
オレンジ色の衣装、帽子を被った女性が入って来ると、
ホルンの印象的なソロ、木管の序奏も魅力的な、
クラリーチェの登場である。
ソーニャ・プリーナという人だが、
他の美人と比べると、個性派といった感じである。

「クラリーチェは、エコーの効果で、
アシュドルバーレへの愛を宣言する」とあるが、
彼女が、台所みたいなところで声を張り上げていると、
何と、アシュドルバーレは、その様子を、
ゴミ箱の中から盗み見しており、
時折、合いの手を入れる。

召使いみたいなのも、流しのシンクから顔を出して、
盗み見している。
画面が合成されるので、何でもありである。

それにしても、この少し丸っこい女性が、
ヒロインのクラリーチェだったのか。
表情が激変し、目を剥いて歌い、
完全に三枚目キャラである。

「それに感動しながらも、
あえて侯爵は、彼の心の声に耳を澄まそうとしない。
これら3人の女達は、彼の心より財産に興味があると考え、
彼は、彼女らの誠実さを試そうと決める。」

いかにも神経質な優男風のアシュドルバールは、
冒頭からちょくちょく登場していたが、
ここで、本格的に主役になって、
レンジの上や冷蔵庫の中で、
信頼できる女性を捜す決意の歌のアリアを担当する。
背も高くて、舞台映えする。
フランソワ・リスというバリトン。

もうすぐ30歳なのに独身だとか、
何だか、情けない感じもする人。
ぶつぶつ独白するのはレチタティーボである。

クラリーチェは、表情が悪戯っぽく、
意地悪な感じもあって、一癖ありそうな雰囲気。

彼等の会話が、二重唱に発展する。
彼女が大胆なアプローチを見せる中、
「言葉は何も保証しない」と歌う。
クラリーチェの声は、メゾソプラノで、
陰影が豊かである。

その後、美しいフルヴィアが、現れ、
付いて来たパキュービオが、
金魚鉢をバックにした、
マルチ画面でアリアを歌う。
「ミシピッピ」のナンセンスな詩を歌にする。

その後、彼は、フルヴィアが伯爵に言い寄る時の、
演技指導まで行う。
フルヴィアはいつもにこにこしている。
声も通って美しく、ファンになった。

その後、
「伯爵と、忠実な召使いファブリツィオは、
『試金石』作戦を立案する。」
とあるが、レチタティーボの短いもの。
「アフリカ人」に化けると言っている。

その後、オレンジ色の服を着た、クラリーチェと、
太ったジョコンドが現れる。
「クラリーチェとジョコンドは、
真剣に議論を交わす。
彼は愛を宣言するが、
彼女は、行方知れずの双子の兄、
ルチンドの事を心配する。
彼等は、マクロビオとアシュドルバーレに邪魔される。」

また、ややこしい話になってきたが、
この話が、後半の伏線になるのである。

アシュドルバール  ←ドンナ・フルヴィア←パキュービオ
(ファブリツィオ)   ←アスパージア   ←マクロビオ
                           ↓
              ←クラリーチェ   ←ジョコンド
                (ルチンド)
一応、()内に、色恋以外の、主人公たちの関係者を書いておいた。

青空をバックに彼等は食卓に着いて、
食器の音を立てながら、うまそうなものを食べ、
四重唱を歌うのがすごい。
ジョコンドは太っているだけあって、とてもイタリア的な美声である。
ロッシーニらしい、早口のアンサンブルが見事な効果を上げる。
この間、背景では、目玉焼きを焼くコックの様子がコミカルで、
観客は大喜び。
この演技は、全身を青タイツに包んだ女性たちが補助しているので、
彼女らは映らずに、道具や料理だけが、
映像上ではあり得ない動きを見せる。

さらに、この陽気な瞬間、下記の出来事が起こる。

「ファブリツィオが、アシュドルバーレに何かメモを持って来る。
それを読んだアシュドルバーレは青ざめ、
彼の小部屋に引きこもってしまう。」

飛んでいく卵焼きや、じゃーんというオーケストラなど、
完全にのだめ風の世界である。
四重唱は伴奏なしの、神妙なアカペラになって、
状況の深刻さが強調される。
この間も、コックはドリンクをシェイクしながら、
コミカルなパントマイムをしている。

「侯爵のリアクションに、皆が自分の意見を言い合い、
活発な会話が続く。」

ドンナ・フルヴィアとアスパージア、
パキュービオ、マクロビオのやりとり。
ヤバい新聞記者のマクロビオが、
記事は金次第のアリアを歌い上げる。
何でもかんでも金で料理してしまう様子が、
全部映像化されている。

何と指揮者は指揮棒を譜面台に打ち付けて、
打楽器的な効果を出す。
音楽は行け行けの運動会みたいである。

ここから、召使いたちの合唱。
不安なオーケストラの序奏、
シリアスな合唱は、まるで、シューベルトの音楽みたいだ。
ロッシーニも何でも出来たのである。

いきなりプールの前に来て、
マクロビオは、水着で遊んでいるし、
クラリーチェは水着で日光浴である。
ジョコンドはかいがいしく日焼け止めを塗ったりしている。
陽気な三重唱は、
アンジェリカとメドーロの秘密の愛について。
何かのエピソードであろうか。

「アスパージアとフルヴィアは、侯爵は財産を失ったという。
彼女らは、結婚しないで済んで良かったという。
これは、問題の二人であるが、明らかに問題発言だ。」

プールサイドにこの二人が来て、
もう破滅だと二重唱を歌う。
そして、プールで浮き輪で呑気に浮かんだ、
パキュービオとマクロビオは、
「奴らはどこから来たか」の会話をしているが、
最初に出て来るのが、何と、「日本」。

ロッシーニの原作でも、本当に、
そうなっていたのだろうか。

じゃーんとオーケストラが鳴って、
遂に、取り立てが来る。
「マクロビオが、負債を取り立てに来た外国人が到着したという。
実際のところ、外国人は、他ならぬ伯爵がトルコ人に変装したのである。
召使いに付き添われ、トルコ人が入って来て、
彼の請求分が支払われてない場合、伯爵の全財産を没収すると息巻く。」

ハープのようなぱらぱら音がするが、
ハープシコードだろうか、上品なアクセントをつけて美しい。
トルコ人は、豪勢なガウンに赤い帽子。ものすごい剣幕である。
オーケストラも凶暴な響きを立て、
トルコ人は客人の持ち物をも差し押さえたという。
当然、大騒ぎとなる。

伯爵は、「こいつらは皆、人でなしだ」と呟く。
「この騒動に直面し、各人の本性が暴露させる」と、
解説に書かれた部分であろう。
もともとセットは、箱庭の模型なので、
それらを持って行くと廃墟になってしまう。

「クラリーチェとジョコンドだけは、この困難な時に、
伯爵を支持する。」
とあるが、まるで、津波の後の東日本、
アジトを急襲されたビンラディンの家みたいになっている。
序曲で、ネズミが走り回るシーンがあったが、
何と、ここで登場。

完全に日本のギャグマンガの乗りではなかろうか。

クラリーチェは、こんな廃墟の前で、
「幸運な時は、友情は語れない」などと意味深な歌を歌い、
廃墟の中で、ジョコンドは伯爵の手を取って、
「幸運出ない時が、人間性の試金石」と、
このオペラの主題を歌う。

ただし、クラリーチェは走り回るネズミにびびっている。
調子に乗って、フルヴィアとアスパージアは、
「伯爵はあなたのものよ、おめでとう」などと言う。

伯爵が「破滅だ、どうしよう」と言うと、
みんな「分からない」という。
クラリーチェはわたしのお金を上げる、
ジョコンドは、私の家へ、と優しいが、
クラリーチェは、
「後に引けなくなったわ」とか呟いてもいて、
この作品、人間の本性を暴き出している。

その時、トルコ風の軍楽の響き。

衣装戸棚から、証書が出て来たのである。
「ファブリツィオが喜んで入って来て、
伯爵の借金はすべて返済されていると、
証明した書類を見つけた、と皆に報告する。
アシュドルバーレが変装を解くと、
他のみんながメンツを失っているのに、
この予期せぬ展開にクラリーチェとジョコンドは喜ぶ。」

全員が出て来ての大アンサンブルである。
いつの間にか、背景はゴージャスな滝と噴水になっている。
「突然の夢から覚めて、何が何だかわからない、
静けさと嵐に弄ばれて、脳みそぐちゃぐちゃ、
金床とハンマーの間で、心は痛み、うろたえる」
などと、言い訳三昧の歌である。
クラリーチェだけは、伯爵にすりすりしている。
ピッコロの高音が響き渡る壮麗なフィナーレである。

第2幕もあるが、今回は、これでギブアップ。

得られた事:「ロッシーニの『試金石』、息をつかさぬ展開、聴いてみて見てみてよかった。」
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by franz310 | 2011-06-19 11:43 | ロッシーニ
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