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クラシック音楽への愛と悲しみの日々
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その215

b0083728_21581735.jpg個人的経験:
前回聴いたオワゾリールの
古楽器による「ます」の解説に、
興味深い考察があった。
シューベルトにこの曲を依頼した、
パウムガルトナー氏は、
フンメルの五重奏曲の編成を
指定したとされるが、
楽章構成も、この曲に一部倣って、
シューベルトは五重奏曲を
作曲したのではないかという。


何度も、フンメルの五重奏曲と、
シューベルトの「ます」の五重奏曲との関係は、
論じられて来たが、
まず、この話の元の話は、
ドイッチュ編の「シューベルト友人たちの回想」に出ていて、
友人のシュタッドラーが、1858年に書いた回想に基づいている。

白水社から出ている本によると、
この学校友達は、
何と、シューベルトより3歳年長ながら、
1888年まで生きていたらしく、
オーストリア各州の官吏をしていたという。

石井不二雄訳によると、彼は、
「ます」の五重奏曲について、
こう書いているらしい。
「彼はこの曲を、・・パウムガルトナーの
特別の懇望によって書いたのでした。」

よく見ると、「懇望」とある。
ものすごく熱心にお願いした感じが出ている。
私は、こんな言葉はこれまで使ったことがなかった。

また、このように続いている。
「この五重奏曲は彼の希望によれば、
当時まだ新しかったフンメルの五重奏曲、
正確ニハ七重奏曲の構成と楽器編成を
備えるべきことになっていました。」

この「正確ニハ」には点がついて強調されている。
これが、非常に来歴を訳の分からない状態にしていたのだが、
注釈も混乱しているように見受けられる。

「フンメルのピアノ五重奏曲変ホ短調は彼の作品87、
ピアノ七重奏曲ニ短調は作品74であるが、
七重奏曲が1816年頃の作曲であるのに対し、
五重奏曲のほうは1820年頃になってから
作曲されたものである。」

とあるように、五重奏「ます」の作曲の年、
1819年には、七重奏曲しか、
知られていなかったようなことが書いてある。

しかし、その後、
実は五重奏の方が先に書かれていたということになり、
単に出版されていなかったのが、
実際はそれが流布していた説とか、
七重奏には、実は五重奏に編曲されたものもある、
という説が飛び交って、
訳の分からない状況になっていた。

始末が悪かったのは、コントラバスを含むという、
妙な編成のシューベルトの五重奏曲と、
フンメルの五重奏作品87が同一の編成であったことである。

七重奏曲作品74の編曲というのが、
本当に実在するのか、まったく分からなかったのがいけなかった。

「ます」と、フンメルの五重奏曲作品87を、
一緒に収めたCDもいくつか出た。
このブログでも、かつて、その趣向の、
シューベルト・アンサンブル・オブ・ロンドンのCDを取り上げた。

しかし、今回のCDの出現によって、
フンメルの七重奏作品74を編曲したものこそが、
若きシューベルトが手本にした作品として、
納得することが出来た。

シュタッドラーの奇妙な言い回しとも合っている。
また、編成が全く同じ、
ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、
そしてコントラバスの五重奏である。
これもシュタッドラーの証言通りである。

前回のCDの解説にあったように、
第2楽章以外は、フンメルの七重奏の楽章構成も、
ほぼ同じであることを見れば、
シュタッドラーの言った、「構成と楽器編成」の二点に、
ちょうど当てはまるではないか。

つまり、フンメルの作品74(元は七重奏曲)は、
アレグロ、スケルツォ、変奏曲、終曲の4楽章構成であるが、
パウムガルトナー氏は、この五重奏曲版を持っていて、
「これと同じようなのを作ってね。
もちろん、変奏曲の主題は、『ます』でお願いするよ」
と言ったということなのだろう。

いや、「懇望した」というのだから、
この曲の美しさを、様々な角度から賞賛しつつ、
シューベルトを説得しようとしたに違いない。
「この素晴らしい作品以上のものを、
君なら書けるはずだ」とか何とか言って。
ほら、このピアノの使い方、そして、チェロのメロディ、
などなど、気に入っている点を、
パウムガルトナー氏は、
シューベルトに向かって、
具体的に列挙したはずである。

シューベルトが途中から乗って来て、
「しめしめ、変奏曲には、彼の好きな『ます』の主題を入れて、
びっくりさせてやろう」と考えたと考えてもよいだろう。

いずれにせよ、こうしたコラボレーションのなかで、
このフンメルの作品の美点が十分吟味されたであろうことは、
想像に難くない。

このようにして、シューベルトは、
フンメルの名作の楽章構成に沿って作曲したが、
アレグロとスケルツォの間に、
つい、内省的な緩徐楽章を挟んでしまった。

それが、前回の解説のClive Brown氏の言葉であった。

フンメルのこの作品74は、
ずっと前に、ハイペリオンのCDも紹介したが、
その時は、そのような聴き方をしていなかった。

改めて、このような見地からの鑑賞をしてみたい。

フンメルの七重奏曲を、
ピアノ五重奏曲に編曲したもののCDをGETしたのは、
あれからしばらくしてからのことであった。
「ピアノ五重奏曲 ニ短調」(原曲:七重奏曲 作品74)
と書かれているのを見て仰天した。

日本でフンメルの作品が発売されること自体が珍しいので、
レコード屋の室内楽の棚に、「フンメル」という日本語を見つけ、
さらに曲名を見て驚倒した次第。

やはりあったのか、
という感慨がこみ上げた。

よく、日本のカメラータ・レーベルは、
この作品を録音して、また、発売してくれたものである。
2004年5月の録音で、その年の秋には発売されている。
ウィーン・ピアノ五重奏団の演奏による、

しかし、解説を見て、さらに驚いた。
どうやら、プロデューサーの書き方を見る限り、
CDを作るために、
作品87に組み合わせる作品を捜していたら、
たまたま紹介された、という感じである。

いろんな事を一編に書いていて、
よく分からないが、「ます」を録音する場合、
LPなら一曲でも良かったが、
CDでは、もう一曲必要である。

フンメルでは長すぎる。
シューベルトの他の室内楽やピアノ作品で埋めればよい。

こんな事が、「プロデューサー・ノート」に書かれていて、
最初はシューベルトの余白を捜していたのが、
フンメルに脱線したような書きぶりである。

「その編成で他の曲を探すとなると、
フンメルの五重奏曲以外に、
それこそロンバーグ等2~3曲を見つけるだけで、
意外にこの編成で作品は書かれた形跡は少ない」
とある。
「この編成で書かれた作品の形跡は少ない」
ということであろう。

「今回のプロジェクトはフンメルのピアノ五重奏曲を
収録するのが目的なので困ってしまった」
とあって、一曲だけでは、
短くてCDが作れない事が書かれている。

「フンメルの作品リストを調べてみると、
ピアノ・トリオから七重奏曲という大きな編成まで
数曲存在するから、
それでも加えて1枚にしようかと
悩んでいた時」と、
かなり投げやりな様子が醸し出された後、
「朗報はウィーン楽友協会のアーカイヴのボスである、
オットー・ビーバ博士からもたらされた。」

七重奏曲の五重奏編曲版が、
「楽友協会に保存されているということを
ビーバ氏から教えてもらった」のだという。

なお、このビーバ氏は、雑誌「レコード芸術」でも、
「ウィーン楽友協会のアルヒーフより」という連載を、
数年にわたって行っているので知っている人も多かろう。

さて、井阪プロデューサーは、
「従ってニ短調作品74のピアノ五重奏版は
世界初録音となった」と書いているだけなので、
長年、「ます」の愛好家が嘱望していた作品を、
見事に復活させたという意識はないようなのである。

また、「ます」の録音が終わって、
フンメルも録音したくなったような印象を持ったが、
このウィーン・ピアノ五重奏団は、
これがデビュー録音とあるので、
これまた混乱している。

もっとも、何とヴィオラには、
ヴェラー四重奏団のヘルムート・ヴァイスが入っていて、
写真で見ても、結構、ベテランの団体である。

チェロとピアノが夫妻で創設者だというので、
まさしく、パウムガルトナー氏とシューベルトの立場で、
この録音に立ち会ったことになる。

ピアノは日本の浦田陽子、
チェロはコペンハーゲン出身のユルゲン・フォグ、
以下、ヴァイオリンのヴェヒター、コントラバスのヘッキングとも、
ヴィーン・フィルのメンバーとある。
さすがに豊かなこくのある響きで、
この大曲を40分かけて、たっぷりと堪能させてくれる。

J・A・フィリップス(訳=魚水憲)の「曲目解説」は、
フンメルの略伝に終始していて、シューベルトは登場しない。
以下のようなことが書かれている。

フンメルは、1778年にプレスブルクに生まれた。
父親はヴィーンの劇場の音楽監督で、
10歳の頃から父と一緒にヨーロッパ中に
コンサート・ツアーに出て、
1804年にハイドンの後任として、
エステルハーツィの音楽監督になり、
1811年にはヴィーンに戻って、
フリーの作曲家となったが、
ヴィーン会議中はピアニストとしても賞賛を受け、
シュットゥットガルト、1818年からは、
ヴァイマールの宮廷楽長を務めた。

1830年のパリ、ロンドン・ツアーが最盛期で、
それからは名声に陰りが出て、
1837年にヴァイマールで亡くなった。

このように、シューベルト存命中は、
飛ぶ鳥を落とす勢いのピアニストだったように思える。
従って、シューベルトは、最後のピアノ・ソナタを、
フンメルに捧げようと思ったのだろう。

さて、作曲家として、フンメルは、
ライヴァル、ベートーヴェンを意識して、
交響曲は一曲も書かず、交響曲様式の厳格さも避け、
「叙情的な旋律の響きをモザイクのように
つなぎ合わせることを好んだ」とあり、
「アルペジオと音階の流れるような動きをふんだんに取り入れ、
金細工のような繊細な装飾は、
しばしばピアノの持続する和音の連続をともなっている」。

また、各曲の解説もあるが、ここにも、
シューベルトの話は一切出てこない。
売りの機会を逃す解説ではなかろうか。

まず「七重奏曲 ニ短調 作品74」である。
1816年にヴィーンで出版されている。

これはシューベルトの友人が、
「当時まだ新しかった」と書いた記述と合っている。
「このCDにある五重奏版は初録音で、
ウィーンのムジークフェライン・アルヒーフで
見つかったものである」とある。

そのため、このCDには、
「Special thanks to Prof.Dr.Otto Biba」と、
英語とドイツ語で書かれている。

「ウィーンでは、室内楽の演奏にずっと大きな編成が使えたので、
出版意欲がわいたものと推測される」とあるが、
ベートーヴェンの七重奏曲の乗りであろうか。

ちなみにベートーヴェンの七重奏曲は、
管楽器はクラリネット、ホルン、ファゴットに、
シューベルトの「ます」の弦楽部という編成、
フンメルの作品74は、
ピアノ、フルート、オーボエがあって、
ヴァイオリンはなく、クラリネット、ファゴットもない。

これらの楽器すべてを使ってピアノを除くと、
4+3+3-1=9となるが、
これはシュポアの九重奏曲の編成である。
確かに、ヴィーンでは、大きな編成の室内楽があったようだ。

従って、七重奏を五重奏にする際にも、
管楽器を省いたという事以上に、
主力級のヴァイオリンを投入した事が大きい。

さて、この曲のどのような点が、
パウムガルトナー氏を引きつけ、
シューベルトをそそのかすことに結びついたのだろうか。

最初に書いているが、私は、この七重奏曲は、
大変、魅力的な作品であると考えている。

「曲の性格からすると、
作品74はモーツァルトのニ短調の使い方を思い出させる」
とあって、第1楽章開始直後には、
K.466の引用があるらしい。

ただし、私には、それが、どの部分のことか分からない。

冒頭のぶーんぶーんといった伴奏音型であろうか。
同じニ短調なので、そこここに似たような雰囲気はある。
ただ、モーツァルトの協奏曲の場合、
こんなにピアノがぴちぴちと跳ね回る感じはしない。
このぴちぴち感は、確かに「ます」の五重奏曲に近いものがある。

Track1:
「壮大な和音で始まる」とある通り、
大仰な開始部である。
このCDは、録音に深みがあり、
部屋全体の空気が変わるような広がりも豊かである。

「第1主題のグループでは不安と不吉な予感の劇的な雰囲気」
とあるが、これは、ウェーバーの、
「コンチェルトシュティック」みたいな感じである。
舞台上の情景が思い描かれる。

「第2のグループは希望に満ちた雰囲気」というのは、
非常に分かりやすい。
霧が晴れるような展開のあと、
朗らかな歌が始まるが、
まず、弦楽のアンサンブルで、
さらに、ピアノによってしなやかに繰り返される。

このあたり、原曲では、管楽器が高らかに鳴り響くのを、
楽器を重ねて、中間色の音色を紡ぎ出しているのが美しい。
ただし、原曲の華やかな色彩感が恋しくなる事もある。

「繊細に装飾が施された伴奏を伴って転調する和音の連続」
とあるのは、先の「金細工のような繊細な装飾は、
しばしばピアノの持続する和音の連続をともなっている」
と書かれた部分に相当するのであろうが、
確かに、ピアノはひっきりなしにメロディでも装飾でもないような、
ぴちぴち感を纏綿と続けている。

繊細な装飾とあるが、各楽器もまた、
メロディの断片のようなものを少し口ずさんでは、
消えて行くような感じである。
また、時折、たっぷりと独奏で歌う場面にも欠けていない。

これらが強烈な推進力を作り出しており、
未聞の新鮮さを放つこととなった。

「ニ短調で終わるような流れになっているが、
最後で冒頭の和音に戻ってくる時に、
いきなりニ長調になって劇的に終わる」

先に、交響曲様式の厳格さも避け、
「叙情的な旋律の響きをモザイクのように
つなぎ合わせることを好んだ」という解説があったが、
確かに、こうした構成は、
シューベルトの「ます」にも見られる特色であろう。

Track2:
第2楽章は、解説では、
「明らかに、ベートーヴェンの影響を受けている」とあり、
トリオが特に繊細な響きだという。

この楽章も、不思議な浮遊感と緊張感を持っており、
各楽器が短い音型をぶつけ合う効果が、
幻想的な魔女のダンスを響かせる。
「メヌエット・オ・スケルツォ」という表記が、
いかにも人をなめている。

コントラバスの低音がぼんぼんと不気味で、
こんな曲でメヌエットを踊るのは嫌であろう。

トリオは、ピアノがぴちぴちと弾け、
チェロが魅力的な音色を響かせるが、
これはつかの間の憩いの音楽となっている。
パウムガルトナー氏も、おそらく、
ここぞと表情たっぷりと演奏したに違いない。

Track3:
アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーネには、
「フンメルは変奏曲形式を好んで用いている」とあり、
後半のピアノ装飾が聴きものとある。

とても穏やかな民謡のような主題が、
ピアノでゆっくりと歌われ、
変奏が進むに連れ、弦楽器も羽を広げるが、
基本はピアノの多彩な響きに焦点が当たっているようである。

後半になると、だんだん、穏やかな主題よりも、
不気味さや、幻想性が増して来るが、
これもまた、シューベルトの「ます」を想起させるものである。
鮮やかな転調に続く、合奏による主題再現の瞬間も美しい。

Track4:
終楽章は効果的なフーガ書法が特徴で、
「フンメルは、フーガの即興演奏で名高かった」
とも書かれているが、だだだだだだだだとたたみかける、
リズムのおもしろさが一番の魅力であろう。

もちろん、これまた、シューベルトの作品にも引き継がれている。
力ずくで

フーガはヴィオラで始められるが、
そんなに長いものではないし、
この曲の本質をなすものでもなく、
何となく、起伏をつけるための飾りのようなものである。

そして、最後に、チェロが朗々と晴れやかな主題を歌うが、
ここもまた、パウムガルトナー氏が嬉しかった部分ではなかろうか。

また、併録されている、
というか、プロデューサーは、
本来はこちらを紹介したかったようだが、
作品87は、1802年に書かれ、
出版が20年後だったとある。
冒頭モチーフを一貫して使って、
循環性のある統一感のある作品になっているという。

Track5:
私は、この冒頭モチーフの単刀直入さと、
ピアノのこれ見よがしのきらきら感が苦手であるが、
第1楽章第2主題などは、大変優美に歌われていて、
この団体の演奏、なかなかやるな、と感じた次第。

Track6:
第2楽章のメヌエットも、
落ち着いた色調の中に明滅する幻想性が美しい。

Track7:
第3楽章が変奏曲なら、
やはり、こちらが「ます」のモデルだろうか、
などと考えるところだが「ラルゴ」。
2分49秒の演奏時間が短すぎる、
非常に叙情的な美しい楽章である。

プロデューサーが紹介したかったのが、
この曲だったというのも肯ける。

Track8:
第4楽章は、悲愴なメロディが駆け巡るアレグロの終曲。
これもまた、ニヒルで聴き応えがある。

ただし、この変ホ短調作品87は20分程度の作品で、
かつ、各楽器の独立性が高くない。
パウムガルトナー氏が喜びそうな、
チェロの独奏もない。

チェロは、冒頭動機を「たーららら」と、
繰り返すくらいで面白くなさそう。
主役はあくまでピアノで、
次はヴァイオリンとヴィオラが時折顔を出すが、
他の弦楽は、じゃーんとか、ぼーんとか、
ちゃーらっらっらと、繰り返しているのみである。

5楽章まで規模がふくらんで、
各楽器が輝いて喜びさざめく、
「ます」の五重奏のモデルとは到底考えにくい。

ということで、もはや、作品74しか、
シューベルトの規範はあり得ないというのが、
聴いた後の感想。

ところで、このCD、表紙の絵画は、
いったい、何なのだろうか。

日本語では何の注記もないが、
Karl Friedrich Goser作、
「Selbstbildnis im Atelier」(1835)とある。

「アトリエの自画像」ということだろうが、
日曜画家とおぼしきおじさんが、
妙な帽子を被り、パレットと筆を持って、
イーゼルに向かっている。

実は、この絵画の解釈について、
私の見方は二転三転した。

私は、この題名を見るまで、てっきり、
後ろ向きだが、
手前で着飾った女の人を描いているものと思っていた。
しかし、この題名を見ると、
画家が見てるのは、女性ではなく、
イーゼルに立てかけられたキャンバスかもしれない、
などと思うようになった。

この画の作者は、もっと良い題材があるでしょ、
と言いたいのだろうか、などと考えた。

ナルシストのように自画像を描く画家が、
部屋のあちこちに用意した鏡に映っているのは、
画家の顔ではなく、いみじくも、
手前の女性や子供の顔だし。

女性と子供は、この日曜画家の妻子かもしれない。
そんな風にも考えてしまった。

いかにも、ビーダーマイヤー調の絵画で、
窓辺のキューピッドや馬の絵には、
何か寓意があるものと思われる。

馬がユニコーンなら、自制知らずである。

隣近所というか、向かいの建物の住人も、
また始まったよ、という感じで、
この家の住人を見つめているように見える。

鏡に映る女性の顔も、この服装からすると、
ちょっと地味な感じだが、これもまた、
この作家が意図したところだろうか。

だとすると、身の程知らずという暗喩があるかもしれない。

しかし、そこまで勝手な解釈をした後で、
別の見方が出来るように思えて来た。
やはり、女性がモデルなのである。

そう、もう一つの可能性として、
画面右にあるのが、この絵の題名の、
「アトリエの自画像」の由来だとも思えて来たのだ。

とすると、画家はやはり、
この手前の女性を、
ぎょろっとした目で見つめているということになる。

ポーズを取っているので、
そう考えるのがやはり自然ではなかろうか。
とすると、この女性は、家族でも何でもなく、
お客である。
画家はやり手のプロである。

この画家は、いつも悪い事をしているので、
近隣住民が何が起こるかを見ているのかもしれない。

それに加えて、まるで、右側の子供は、
警備員のようなまなざしである。

もし、この娘に、子供が付いて来ていなかったら、
と考えるのが、正しい鑑賞法なのかもしれない。
鏡に映った女の顔は、地味に見えると書いたが、
これは純朴に見える、と書くべきだったかもしれない。

とすると、「アトリエの自画像」などという題名を、
どうして付けたのかという疑問がわき上がって来る。

いかにも高潔な表情をした自画像と、
目をぎらぎらさせた実際の画家との対比を、
よく味わえということだろうか。

確かに、フンメルの時代を忍ばせる風俗画であろうが、
このCDに収められた音楽は、もっと高潔な感じがする。

見れば見る程、奇妙な絵画だが、
妙な事に気づいて、
にやりとしてしまった。

この部屋を、向こうの住人から遮る、
大きなカーテンを閉じるとどうなるだろうか。

右側の高潔な自画像は、
何故かカーテンの向こうに隠れ、
部屋は暗くなるに違いない。

そして、左側のキューピッドの絵画は、
何と、カーテンのこちら側にかかっているではないか。

得られた事:「フンメルの七重奏曲は、確かにピアノと弦楽によるバージョンが存在した。そのあちこちで、シューベルトとパウムガルトナー氏の語らいの余韻が聞こえる。」
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by franz310 | 2010-02-27 21:58 | フンメル
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