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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その197

b0083728_9154023.jpg個人的経験:
前々回、コジェルフのオラトリオ、
「エジプトのモーゼ」を聴いたが、
このオラトリオは、1772年、
ガスマンによって創設された、
ヴィーン音楽家協会
(Wiener Tonkunstlersozietat)の
委嘱を受けての作品であった。
この協会は、
音楽家の互助会のような性質を
持っていたようである。


コジェルフは1787年のクリスマス担当で、
その他、ディッタースドルフが「エステル」を、
ハイドンが、「トビアの帰還」を書いたとされるが、
モーツァルトもまた、この協会から委嘱されていたようだ。

「悔悟するダヴィデ」という問題作が、
こうして生まれた。
ケッヒェルの番号で、469番がついている。

彼のピアノ協奏曲が好きな人は、
あの有名なニ短調K.466や、
ハ長調K.467を思い出すかもしれない。

あるいは、室内楽なら、このあたりでは、
ハイドン・セットの最後の「不協和音」K.465、
ピアノ四重奏曲K.478が有名である。

このような、高みにあったモーツァルトのものながら、
ほとんど知られていない作品である。

これは、一般には、スヴィーデン男爵が創設した、
ヴィーン芸術家協会のために書かれたとされていたが、
どうやら、ガスマン創設の音楽家協会と同じ団体のようである。

例えば、このCDの英文解説でも、
Vienna Society of Artistsとあるので、
「芸術家協会」が正しく思えるが、
同じCDのドイツ語解説では、
Wiener Tonkunstler Societatとあり、
これは「音楽家協会」と訳されるべきものであろう。

音楽家の未亡人や孤児のための募金集めの演奏会であるから、
芸術家協会では、少々話が合わなくなってしまう。

このナクソスのCD、
演奏は、ライプツィヒ室内管弦楽団のもので、
何と、ゲヴァントハウスでの収録とある。
シュルト=イェンセンという指揮者が振り、
ルンド、ヴァーリンといった人たちがソプラノを受け持ち、
オディニウスというテノールに、
不滅のバッハ合唱団というすごい合唱がバックについている。

2006年の4月の録音で、非常に澄んだ音で聴ける。
指揮者がデンマーク人、ソプラノがノルウェーとスウェーデン出身、
といった北欧の風があるからだろうか。
ルンドは1979年生まれ、
ヴァーリンも2000年に学校を卒業した人のようなので、
その若さが爽やかなのだろうか。

後述のように、この作品、成立がクリーンな感じではないが、
演奏がクリーンな感じで救われているかもしれない。

表紙には、Simeon Solomon(1840-1905)という人の、
『David』が使われている。
儚げな様子が、ミケランジェロの作品とは大違いであるが、
悔悟する場合は、こんな顔になったのかもしれない。
この絵画の消え入りそうな感じは、
「私は声を上げて泣く」などと歌われる、
この作品の歌詞とマッチしていると言えなくはない。

さて、このCDの解説には、この問題作は、
どのように書かれているであろうか。
Keith Andersonという人が書いているが、
私の感覚では、分量の比率として、
少々、曲に対する解説が不親切のような気がしているが。

最初の半ページは、モーツァルトの生涯の概観なので、
今回は省略、次の半ページに、
この曲の成立の由来が現れる。

「モーツァルトの教会音楽の大部分は、
雇い主の求めに応じて書いた、
ザルツブルク時代のものである。
1781年からのヴィーン時代には、
他に多くの優先事があったが、
1783年には、もう一度、ザルツブルクを想定し、
1曲のミサ曲の作曲に専念した。
1782年8月、彼は、
作曲家、カール・マリア・フォン・ウェーバーの、
親類でかつての女地主の娘、
コンスタンツェ・ウェーバーと結婚した。
最初、彼はこの縁組に反対していた父親に、
このことを隠そうとしており、
このカップルがザルツブルクで、
彼女の義理の父と姉と会うのは1年後のことだった。
この機会に、モーツァルトは、
断続的に作曲していながら、
クレドとアニュス・デイが未完成だった、
『ミサ曲ハ短調K.427』を携えていた。
この作品は、最初に彼らがザルツブルクを訪れた際、
コンスタンツェが、彼の地の聖ペーター・ベネディクト教会で、
ソプラノ・パートを歌う約束を果たすためのものだった。」

ここまでは、このオラトリオと無関係の内容に見えるが、
このミサ曲が、このオラトリオの原曲となった経緯が、
以下のように説明される。

「1785年、慈善組織であった、
ヴィーン音楽家協会(英訳文では芸術家協会)から、
作品を依頼された時、絶頂期にあり、
作曲家としても演奏家としても多忙だったモーツァルトが、
頼りにしたのは、実に、この以前の作品であった。
この団体は、亡くなったメンバーの、
貧困な寡婦や孤児の面倒をみていたことで、
明らかにモーツァルトも興味をもっており、
その会員になりたがっていたものだった。」

このような編作は、はたして、
どのような評価をすればいいのだろうか。
厳密には、オリジナルではないから、
こんなのはまともな作品ではない、
と考えるのが普通かもしれない。

そのせいか、この作品、
モーツァルトには珍しいオラトリオでありながら、
また、その絶頂期のものながら、
ほとんど知られていない作品として放置されている感じがある。

「この新作、『悔悟するダヴィデ』は、
おそらくロレンツォ・ダ・ポンテのイタリア語のテキストにより、
モーツァルトは、ラテン語の歌詞を、
しぶしぶ新しいイタリア語に置換えて行った。
しかし、彼は、2曲の新しいアリアと、
最後のカデンツァを追加している。
『悔悟するダヴィデ』は、
1785年3月13日と15日に、
ホーフブルクの国立劇場で演奏された。
モーツァルトの『後宮からの誘拐』で、
コンスタンツェ役を歌った、
サリエーリの弟子カテリーナ・カヴァリエーリが、
ソプラノを受け持った。
第2ソプラノはエリザベス・ディストラーで、
テノールは、ヴァレンティン・アダムベルガーだった。
レオポルド・モーツァルトは、
この時、ヴィーンに息子を訪ねて、
その活躍に当惑していたが、
残っている娘への手紙には、
おそらく聴きに行ったと思われる、
音楽家協会の演奏会の予告の短信が残るだけである。
声楽家の数、コーラスの大きさに対応し、
必要とされるオーケストラは大きなもので、
各コンサートは、ハイドンの最新の交響曲、
同じくハイドンの、『トビアの帰還』からの合唱、
ガスマンの『プシシェの愛』の合唱や、
独唱アリア、器楽曲などを含む、
ごちゃ混ぜの内容だった。
最初の演奏会はレオポルド・モーツァルトの弟子、
ハインリッヒ・マーチャントのオーボエ協奏曲が、
二回目の演奏会では、
同じ人のヴァイオリン協奏曲が演奏された。」

こうしたごたまぜの演奏会であったせいか、
この作品は、未完成の作品の焼き直しで済むくらいの規模で、
CD二枚を要した、コジェルフの「エジプトのモーゼ」
のようなものを連想してはならない。

40分程度で、このCDにも、余白にはもう1曲の宗教曲、
12分半の「レジーナ・チェリ」K.108が収録されている。
このK.108は、1771年、ザルツブルクでの作品とされ、
題名は、「天の女王」を意味し、つまり、聖母賛歌のようである。

逆に、モーツァルトがこの程度しか書けなかったから、
父レオポルドにも頼んで、
他の作品をかき集めてもらったようにも見える。
レオポルドが、何故、この演奏会の様子を書かなかったのか、
などということも気になる。

意外にも、レオポルドの弟子の作品の方が、
評判が良かったもかもしれない。
そうした場合は、報告も、しにくかったかもしれない。

ミサ曲ハ短調も、この作品も、
両方とも知っていた人は、
レオポルドと、コンスタンツェの二人だけだったのか、
それとも、公衆にもバレバレであったのかは不明。

入りたくて仕方なかった協会のために、
このような作品しか提出できなかった事について、
モーツァルトはどう思っていたのであろうか。

少なくとも、10年前の春に演奏され、
前年にも再演された、ハイドンの大力作や、
2年後のクリスマスに現れたコジェルフの力作と比べ、
今日から見ると、かなり見劣りがするのは確か。

モーツァルトは俺様だったかもしれず、
これで何が悪いと思ったかもしれないが、
レオポルドは、少し、呵責を感じていたのではないか。

あるいは、コンスタンツェが、
うっかり、これは私の曲だ、などと、
つい口を滑らせたかもしれない。

歌詞がぴったり当てはまる点なども怪しく、
あるいは、ポンテに、適当にこんな感じの歌詞を書いてくれ、
などと頼んだのはモーツァルト本人だったと考えるべきであろう。

どう考えても、あまり褒められた来歴のものではない。

さて、以上のように、初演の様子などが、
事細かに書かれているにもかかわらず、
どのような内容なのかはよく書かれていない。

(ちなみに好評だったという解説もどこかで読んだ。)

前回、コジェルフの「エジプトのモーゼ」が、
モーゼのようでモーゼでなかった以上に、
この作品のダヴィデは、まったくもってダヴィデではない。

モーゼと言えば十誡であるように、
ダヴィデといえばゴリアテであるが、
テキストにそんな内容は皆無である。

どこがどのようにダヴィデであるかなど、
この曲のテキストを読んでもさっぱり分からないのである。

そこで仕方なく、私は、聖書の要約から、
ダヴィデが何故に悔悟しなければならなかったかを、
探そうとしてみたが、
ミケランジェロの彫刻で有名なこの人には、
やたらとエピソードがあって、どこで悔悟してもおかしくはない、
という感じがしなくはない。

ひょっとすると、ダヴィデは、「悔悟する」人物の、
代表格として捉えられているのかもしれない。

そういうことがないとしたら、ここで、
抽象的な言葉の羅列によって、
悔悟するのは、ダヴィデであろうと、
モーゼであろうと、はたまた、
ハイドンのトビアであろうと関係なさそうである。

あるいは、キリスト教の決まりか何かで、
この年は、どの素材を扱う、などという、
常識的な関係があったのかもしれない。

あと、ケッヒェル番号を見ていくと、
このあたり、フリーメーソン関係の音楽も多いから、
そうした背景があったりするのだろうか。

解説に戻ろう。

「『悔悟するダヴィデ』は、オーボエ、バスーン、ホルン各2、
弦楽合奏に3本のトロンボーンに、おそらく鍵盤コンティヌオ、
外側の楽章には、トランペットとドラムを要する。」

ここからは、全10曲の各曲についての説明となる。

「オラトリオはハ短調の合唱とソプラノで始まり、
ミサ曲ハ短調の『キリエ』が使われている。」

こんな感じで、ハ短調ミサとの関係が述べられるだけで、
ほとんど、内容に触れてくれないじれったい解説である。

解説者は、内容は、たいしたことないと思っているのか、
あるいは、「どこがダヴィデか」という事を追求されるのを、
怖れているのかもしれない。

仕方ないので、別ページにある歌詞を、
書き出して見て、内容についてもさぐりつつ行きたい。

この部分は、こんな歌詞である。
Track1:合唱。
「私は主に向かい声を上げて泣く。
悪に責められて私は、
神に向かって声を上げて泣く。」

とにかく、嘆いているのであろう。
いきなり、ハ短調ミサ曲の冒頭が現れるが、
切々と、途切れがちな、その進行は、
ティンパニの連打を伴いながら、たいそう劇的である。
途中で現れるソプラノ独唱は、そんな中から舞い上がって、
非常に美しい効果を上げるが、これも、ミサ曲のまま。

ミサではコンスタンツェが脚光を浴びたが、
このオラトリオでは、サリエーリの愛人とも言われた、
カヴァリエッリが、大きくクローズアップされたのであろう。

しかし、神に向かって泣き叫ぶと歌われても、
神様も困るであろう。

これが、「悔悟」している証拠であろうか。

「第2の合唱は、ハ長調。
前作のグローリアのオープニングが使われている。」

Track2:合唱。
「栄光と賛美を歌わせたまえ、
それを百度も繰り返し、
最愛の主を賛美させたまえ。」

ここでは一転して壮麗な、
ヘンデル風の押しの強い音楽が、
神を押しつけがましく、
叩きつけるように讃える。

まったく悔悟していない。

「ヘ長調のソプラノのアリアは、
オーボエ、ホルン、弦楽を伴い、
前作のラウダムスが繰り返されている。」

Track3:アリア。
「悲しい苦しみから遠く離れ、
再び自由を感じよ。
かつて怖れた者は、
いまや喜びの時。」

どうやら、今度は、独唱で神を言祝ぐ部分のようだ。
ダヴィデである必然はまるでない。

が、おそらく、キリスト教の、こうした言葉は、
千年の時を経ても、信者を勇気付けたに違いない。

速いテンポで弦楽が細かく動き回り、
音楽は明るく、天かけるように進む。
オーボエがソプラノに唱和して、
非現実的な天上の響きを思わせる。

悔悟とは無関係である。

「イ長調の合唱は、フル・オーケストラで、
オリジナルの『グラティアス』を用いている。」

Track4:合唱。
「永遠に恵み深い神よ、
この祈りによって、その慈悲を給われますように。」

ここでは、合唱が神妙に神秘的な響きを聴かせる。
すぐに終ってしまう。
泣きを入れているだけで、ダヴィデには相応しくない。

「続いて、二人のソプラノによって、
オリジナルの『ドミネ・デウス』のバージョンが、
ニ長調の弦楽で奏される。」

Track5:二重唱。
「主よ、来たりて、敵を追い散らしたまえ。
追い散らし、追い払いたまえ。
あなたを害するものすべてを敗走させたまえ。」

ここでは、勇壮で深刻な曲想を、
二人のソプラノが歌い交わし、
神を害するものを、しっかりと見つめる視線が鋭い。
ミサ曲でも取り分け印象的な一節であろう。

敵が悪いと、人のせいにして、
まったく悔悟している様子はない。

「第6のパートは、変ロ長調のテノールのアリアで、
最後のアレグロ、『あなたが私の祈りを』で、
新しく作られた部分が登場する。
これはフルート、オーボエ、クラリネット、バスーン独奏と、
高い変ロのホルン二つと弦楽によって演奏される。」

Track6:アリア。
「こうした苦難の中に、慈悲を求めます。主よ。
わが心に善を見いだしたまえ。
あなたが祈りの声を聴けば、それだけで心が弾む。
あなたを通じて、胸の嵐はおさまるがゆえに。」

前半、テノールによる、切実な歌を、
様々な木管楽器が、ある時は同情するように、
ある時は鼓舞するかのように、寄り添うに支え、
チェンバロの響きも、印象的で、
きらきらと耳に飛び込んで来る。

後半は、「心が弾む」という部分で、
オーケストラもチェンバロも興奮し、
ホルンの信号音やめまぐるしい木管群の交錯も加わって、
テノールは、軽やかに舞い上がる。

ここは、男声で歌われるがゆえに、
ダヴィデを想起できるかもしれない。

付点リズムのフル・オーケストラを伴う、ト短調の合唱が続き、
ここは、オリジナルの『クイ・トイス・ペカッタ・ムンディ』による。

何だか、それがどうした、と言った感じの解説だが、
下記のように、何だか、自虐的な内容の詩で、
自分が罰せられることが前提になっている。

Track7:合唱。
「あなたが私を罰するとしても、
でもまず主よ、あなたのさげすみやお怒りは、
なだめられるでしょう。
罰して下さい。思われるままに。
お怒りがしずまるように。
私の青ざめた顔を見て、
主よ、私を慰め、助けて下さい。
助けたまえ、主よ、あなたにはそれが出来ます。」

先ほどの喜びはどうしたのか、
急に深刻な内容になって、
が、これこそが「悔悟」というに相応しい。

「フルート1、オーボエ、バスーン、ホルン各2と弦楽による、
ハ短調のアリアは、カタリーナ・カヴァレッリのために新しく作られた。」

Track8:アリア。
「暗く耐え難い陰を通って、
ちょうど穏やかな天が輝く。
嵐の中にも、真実の心には平穏がある。
公正な魂は、そう、喜ぶのです。
誰も妨げぬ喜びと平穏。
神のみがその創造主。」

これは、1785年の時点で作られたので、
ちゃんと、新奇な部分を期待して聴かなければなるまい。
さすがに、先ほどのテノールのアリア同様、
楽器法が凝っていて、いろいろな表情と音色で歌を彩る。
しかも、テンポの変化も面白い。

後半は、神を讃える歌となって、これまた、
高揚した心を歌って、聴衆をも巻き込んだと思われ、
さすが、当代のプリマの活躍を際だたせた力作と思わせる。
この演奏では、このあたりは、少し、若さが出たかもしれない。
風通しはよく、力強いのだが、余裕はない感じ。

この曲、尻切れトンボ的な変な終り方である。
次が、三重唱で、ソプラノが再び入って来るので、
そんなに違和感はないが、ここで、拍手を入れるには、
ちょっと歯切れが悪い。

「これは、オーボエ2、バスーン2と弦楽と、
独唱者たちによる、ホ長調の三重唱に続くが、
これはオリジナルの『クオニアム』による。」

Track9:三重唱。
「私のすべての希望は、
あなたの中にあります。
神よ、私を追いかけて苦しめる
あなたの凶暴な敵から私を護りたまえ。
ああ、神よ。救い給え。」

この曲も、女声による、
高い所9での声の交錯が美しいが、
凶暴な敵が悪いと、
当事者意識に欠け、「悔悟」の要素はない。

つづいて、いよいよ終曲である。

「終曲のハ長調の合唱、
『神のみを希望とするもの』は、
オリジナルの『イエズ・クリステ』により、
ポリフォニックな、『何の怖れもない』は、
本来、伝統的な典礼のテキスト
『クム・サンクト・スピリトゥム』に、
うまくマッチしていた。
これに対し、モーツァルトは、
独唱者たちが最後の栄光を歌うための、
新しいカデンツァを追加した。」

Track10:合唱。
「このような危機にあっても、
神のみを希望とするものには、
何の怖れもない。」

何だか短い歌詞であるが、
4分半にわたって、フーガの書法もちらつかせながら、
合唱の壮大さや、技巧に聞き惚れる部分。
ティンパニの連打、オーケストラも豪壮で、
木管群は独特の音色と音型で和声を支えている。
弦楽のちょこまかした動きは、
シューベルトにも連なる要素がある。

やがて、独唱者も加わってくると、
その精妙な声の交錯の妙味に続き、
バーンと盛り上げて終わる迫力もあって、
さすがに、絶頂期のモーツァルトが書き上げた、
晴れある舞台のための作品という感じがしてくる。

が、かなりひいき目に書いての話で、
実際は、え、これだけ?という感じの方が強かろう。

悔悟している率は2~3割程度で、
ダヴィデっぽさは、1~2割程度。
「悔悟するダヴィデ」の含有率は、
10%程度と言えるのではなかろうか。

解説は、
「よりテキストにマッチした、
二つの新作の劇的なアリアと、
最後の何小節かに、全作品の興味の中心がある。」
という感じで、かなり突き放してくれる解説である。

いずれにせよ、モーツァルトの「悔悟するダヴィデ」は、
ライヴァル、コジェルフの大作、「エジプトのモーゼ」以上に、
内容に偽り有りの作品のような気がする。

カンタータが、ヘンデルの「メサイア」のようなものであるならば、
この「ダヴィデ」は、まったく物語がなく、オラトリオというより、
祝祭声楽作品といった感じが強い。

こうして、隅から隅まで、
このCDに書いてあることを精査しても、
内容からして、「悔悟」でも「ダヴィデ」でもない。
ナクソスという廉価盤レーベルの、
制限されたページ数など予算の限界であろうか。

それにしても、この作品の委嘱はいつなされたのであろうか。
1784年から1785年の春といえば、
確かに、モーツァルトは父親の来訪があったし、
すでに書いたように、「ハイドン四重奏曲」の作曲、
有名なピアノ協奏曲20番、21番の作曲などで多忙ではあった。

特に、ハイドンに捧げられた四重奏曲群は、
かなり苦心惨憺だったとされているので、
このために、うまく時間が取れなかったのかもしれない。

「悔悟するダヴィデ」鑑賞には、
さらなる介護が必要である。
どこがどうダヴィデなのか。
結局はよく分からなかった。

さて、このCD、次に収められた「レギナ・チェリ」は、
同じハ長調ということで選ばれたのだろうか。

解説には、こんな事が書かれている。
「1770年と1771年に、
モーツァルトと父親は、
イタリアにいて、ボローニャにて二・三ヶ月を過ごし、
ここで、マルティーニ神父から、
モーツァルトは、伝統的な対位法を授かった。
このイタリア旅行の結果として、
『レギナ・チェリ』K.108が1771年5月、
帰国後にザルツブルクで書かれた。」

1771年といえば、
モーツァルト15歳である。
イタリアにプチ留学した中学生が、
帰郷後に意気揚々と書いた作品という感じだろうか。

「オーボエ、ホルン、トランペット2、
ティンパニ、弦楽合奏とソプラノ独唱、
4部の合唱、オルガンのバスによる。
祝祭的な最初のハ長調部は、
二つのフルートと弦楽合奏によって伴奏される、
華麗なソプラノ独唱と、対位法的展開を見せる合唱の、
ヘ長調の部分に続く。」

「喜べ、天の女王よ、アレルヤ」と歌われる、
かなり激しい始まりの曲に比べ、
このソプラノは優しく、
「その言葉のとおり、
彼は復活された」と歌う。

「弦楽合奏を伴奏に、イ短調のソプラノ独唱は、
『アダージョ・ウン・ポコ・アンダンテ』と記され、
『我らのために祈れ』と歌われる。」

この部分は、一転して、憂いの表情を見せ、
シンプルながら、伴奏音型にも切迫感がある。
「神のために祈れ」と、
ソプラノ独唱が切々と歌う。

最後の『アレルヤ』では、独唱、合唱に加え、
フル・オーケストラが戻って来る。」

いきなり、ティンパニが鳴り響き、
晴天の青空を思わせる解放感の中、
混声合唱の中から、軽やかなソプラノが浮かび上がる。

「悔悟するダヴィデ」よりも、
こちらの方が、純粋に楽しい音楽で、
これをCDの最後に持って来ているのは良かった。

得られた事:「コジェルフ対モーツァルトのオラトリオ対決は、力作という意味でコジェルフ圧勝。」

(追記:この作品、私の知識レベルにまだ問題があり、再検討予定。)
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by franz310 | 2009-10-25 09:16 | 音楽
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