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クラシック音楽への愛と悲しみの日々(一枚のLP、CDから「書き尽くす」がコンセプト)
by franz310
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名曲・名盤との邂逅:1.シューベルトの五重奏曲「ます」その194

b0083728_2035104.jpg個人的経験:
さて、ピアノ三重奏曲の巨匠、
コジェルフについて書いた所で、
ピアノ三重奏団に、
ついつい脱線してしまった。
ここで、コジェルフに戻って、
その大作についても見て見たい。
そもそも、シューベルトは、
コジェルフはまだましだ、
などという発言をしていているから、
どうも気になる存在なので。


しかも、前回の話によれば、
シューベルトの初期作品には、
コジェルフの様式の模倣があるらしい。
これは避けて通れなくなってきた。

前にも書いたように、コジェルフは、
モーツァルトの後任の宮廷作曲家である。
しかし、モーツァルトより年配で、
サリエーリなどと同様、この天才小僧が、
気になって仕方がなかった立場である。

モーツァルトが早世したので、
先のポストも回って来た。

これまで、交響曲、ピアノ協奏曲、ピアノ三重奏曲などを聴いたが、
今回は、さらなる大作、オラトリオも聴いて見た。

1785年頃、コジェルフとモーツァルトの戦いは、
しのぎを削っている感じで、必死で、飽きっぽい大衆を前に、
それぞれが戦おうとしているイメージがある。

モーツァルトお得意のピアノ協奏曲の連作も、
この頃、打ち止めの兆候が始まり、
24番や25番では、すでに一連の実験もやり尽くした感が漂う。

分かりやすいが、くどいということで、
コジェルフの作品にも、
そろそろ飽きの兆候が来ていたようなので、
どっちが勝ったかはよく分からない。

コジェルフのシンプルさの方が、
モーツァルトのごてごて趣味よりも、
どうやら、大衆は支持していたようにも思える。

このあたりは、いろいろ聴いたり読んだりして来て、
勝手に妄想した印象である。

そんな絶頂期、あるいは、
そこから転げ落ちる一歩手前のコジェルフが、
1787年に放ったのが、今回、取り上げる、
オラトリオ『エジプトのモーゼ』である。

このCD、二枚組で高いので、買う時に大いに迷った。
そもそも、モーゼが何者であるかなどは、
キリスト教圏の人でも、よく分からず、
何だか知らないが、海の前で手を広げると、
海が半分に分かれる魔法使い、
という印象しかないのではなかろうか。

最も、日本では売りにくいCDと見た。

聖書の要約を見ると、
エジプトでユダヤ人が迫害された時、
王女の手で隠されて育てられていたユダヤのモーゼが、
同胞をエジプトから脱出させる物語が出ている。

ただし、簡単にはいかず、すっかり奴隷根性に陥っていた同胞や、
王様を納得させるのに四苦八苦する様が印象的である。

何しろ、王様が反対する度に天変地異が起こるのだから、
それを描写すれば、すさまじい音楽になりことは必至である。

ようやくエジプトから脱出した後で、
王の軍隊が追ってきた時、紅海が割れて、
その中をユダヤの民が進み、軍隊は波に飲み込まれてしまう。

それでめでたしめでたしとはならず、
長らく異教徒に支配されていた、
イスラエルの民たちの信心はしょぼく、
唯一の神エホバの元での結束を欠いていた。

そこで、モーゼはエホバの言葉を聞くべく、
シナイ山に登り、そこで二枚の石版を得る。
エホバの律法、十誡である。

このCD、疲れ果てた爺さんが、腕を広げ、
何やら見せているが、これがモーゼと、
彼が得た石版であろうか。

1600年から1625年の間に描かれた作者不詳の、
「Gesetzestafeln(掟の板)を持つモーゼ」とある。

コジェルフの作品は滅多に聴けないので、
思い切って購入したが、
先に述べた知識から来る期待は、
実は、ほとんど裏目に出る。

この絵からの印象ともまるで違う。
モーゼは若者だし、石版も出てこない。

解説は、Angela Pachovskyとあり、スラブ系のイメージ。
コジェルフはボヘミア出身なので、
こうした研究家が出るのかもしれない。

「出エジプト記に基づくエジプトのモーゼ、
または、イスラエルの民の解放」
という題のようである。

まず、いつものように、コジェルフの生い立ちである。
これまでも何度も取り上げたが、
なかなか暗記するまでにはなっていないので、
復習することにする。

「今日では、コジェルフは、
ハイドンやモーツァルトから派生する文献で、
二流の人物として知られているにすぎない。
19世紀に書かれた音楽史においては、
ハイドンやモーツァルトに対する陰謀を企む悪役で、
これが生前、異常に人気を博し、成功した作曲家を、
喜んで忘れることに貢献している。
レオポルド(本来はヨーハン)・アントン・コジェルフは、
1747年6月26日、ボヘミアのヴィルバレーで、
音楽一族の家に生まれた。
彼の兄弟のアントン・トーマスは、
1784年にヴィーンにて音楽出版を営み、
年上の従兄弟、同名だった、
ヨーハン・アントン(1738-1814)は、
プラハの聖ヴェイト聖堂の合唱指揮者で、
この分野の作曲で知られていた。
この作曲家の従兄弟との混乱を避けるため、
コジェルフはファーストネームを、
1770年代のはじめにレオポルドに変えた。
法学を志しながら、従兄弟とF・X・ドゥセックに音楽を学んだ、
プラハでの修業期間のあと、31歳のコジェルフはヴィーンに向かう。
まず、ピアノの名人として短期間に名声を確立、
同時に教師としても引く手あまたとなり、
貴族階級とも繋がりを持つようになった。
彼の素晴らしい名声は、たちまち、ヴィーンを越え、
1781年に、ザルツブルクから、
モーツァルトの後任の宮廷オルガニストの職の誘いを受けた。
彼はその地位がキャリアアップに不要と考え、
その申し出を断っていることからも、
コジェルフが甘受していた当時の雰囲気が偲ばれる。
彼は当時の嗜好を取り入れた作曲で成功し、
作品は普及し、ヴィーン内外で、
数多くの作品が出版された。
1792年6月12日、皇帝フランツ二世は、
高給をもって、宮廷作曲家と室内楽指導者に迎えた。
1818年5月7日、コジェルフがヴィーンで亡くなった時、
彼は、当時あったほとんど全てのジャンルにわたる、
膨大な作品を残していた。」

このようなコジェルフの生涯概観は、
これまでも読んでいたものと何の付け足しもない。
いったい、この高給というのがいくらなのか、
そこが知りたいのだが。

ここからが、この作品の解説となる。

「1787年、すでに名声の絶頂にあったコジェルフは、
ヴィーンの音楽家協会から、1曲のオラトリオの委嘱を受ける。
この協会は、1772年、
フローリアン・レオポルド・ガスマンによって、
寄付を音楽家の未亡人や、
孤児救済にあてるために創設されたもので、
音楽家からの寄付や、
受難節とクリスマスの期間に、
定期的に開催される音楽会によって、
資金を得ていた。」

冬と春の二回あったことを覚えておこう。
そして、この作品は、クリスマス用である。

「特にこの機会のために委嘱されたオラトリオの公演は、
18世紀のヴィーンにおける最初の公開演奏会の、
メインのアトラクションであった。
コジェルフは、今日、台本作者が知られていない、
イタリア語のリブレットを使ったが、
これは当時のヴィーンでは普通のことであった。
イタリア語オラトリオは、ヴィーンの宮廷では、
17世紀中葉からの長い伝統であった。
宮廷詩人、アポストロ・ゼーノや、
ピエトロ・メスタージオがいたように、
18世紀の終りに到るまで、
ヴィーンのオラトリオは必ずイタリア語で書かれていた。
これらの台本は、ヴィーン音楽家協会の作曲家によって扱われ、
ガスマンによって、『La betulia liberata』が、
ディッタースドルフによって、『Esther』や『Giob』が、
ハイドンによって、『トビアの帰還』が書かれた。
コジェルフの『エジプトのモーゼ』は、すでに、
こうしたイタリア語オラトリオの最後期の作品である。
ハイドンの『天地創造』(1798)、
『四季』(1801)の成功によって、
次第にこのジャンルはドイツ語のものが主流となっていく。」

ということで、シューベルトの時代、
イタリア語のこの作品はすでに時代遅れになっていたのであろう。
しかし、音楽の問題ではなく、言語の問題で、
忘れられた音楽作品もあるのだろう。

「1787年12月22日(23日再演)、
皇室国民劇場(昔のブルグ劇場)にて、
『モーゼ』は、ヴィーンで初演された。
1790年12月22日、23日には、
少し改訂されたものが上演された。
さらに、1792年、ベルリンで、
1798年、ライプツィッヒで演奏されている。」

作曲されてから12年経っても再演されているのは、
立派な事と言えるだろう。

「旧約聖書の『出エジプト記』をベースにしながら、
タイトルから想像されるのとは違って、
エジプトからイスラエル人が行進していく、
全過程を描いたものではなく、
出発の前のひとときを捉えたものである。」

ということで、かなり内容に偽りあり、
と言わざるを得ない。

出エジプト記では、様々な天変地異が起こったり、
有名な紅海の水を分けるシーンなどが強烈であるが、
大スペクタクルを期待して、
親子連れで、クリスマスの劇場に出かけると、
とんでもない肩すかしを食らわされる。
連れて行かれた子供は、退屈してぐずったものと思われる。

私も、これを読むまでは、すごいアクションと、
人智を越えた奇跡の連続を期待したものである。

そもそも、登場人物を見れば、それが予想できたのだが。

「モーゼとその弟アーロン(年若いのでソプラノ)と、
彼らに反対する、ファラオと、
モーゼを育てた、その娘マリームに焦点が当てられている。」

この時点でも、私はかなりのけぞってしまった。
アーロンは、てっきり、兄だと思っていた。

以下のように音楽付きストーリーが展開される。
今回は前半を見てみよう。

「ゆっくりとした序奏を持ち、
次の合唱とテーマが共通する序曲の後、
奴隷のくびきに繋がれて嘆く、
イスラエル人の合唱で始まる。
これらの人々を、自由に導く準備が出来たことを、
モーゼが告げると、彼の養母のメリームが現れ、
あらゆる手段で、彼がその決意を変えること、
その企みから遠ざけようとする。
そして同時に、彼がいなくなった後の、
自分を心配する。
モーゼは神の存在を疑う彼女に注意するが、
彼女は神の天罰を人間の計略と見なす。
ファラオの性格は、尊大で執念深い暴君として、
台詞としても、音楽的にも類型的に表わされている。
すでに、彼はイスラエル人を解放すると言っているが、
モーゼはまだ足りないという。」

このあたり、かなり理解不明な思考パターンである。
解放すると言っているのに、いったい、さらに何が必要なのか。

「彼は、エジプトが被った天災を、
単に何者かによる魔法と考えているファラオに対し、
神の意志であることを認めることを要求する。
この要求に、暴君は激怒し、
何だか知らない神が、
勝手に彼の人民を救いに来れば良いと言う。」

王も妥協を知らないが、
私には、モーゼの方が理不尽であるように思える。

「モーゼから助言を求められた、王女のメリームは、
ここで何の結論も出せない。
彼女は、ファラオへの忠誠と息子への愛に、
引き裂かれる。
イスラエル人は、この苦しみの終結を、
神に嘆願する。
オペラのフィナーレの様式による、
効果的で劇的な構成を持つ、
コーラスを交えた大四重唱、
『恐れと希望の間で』(CD1のトラック14)が、
第1部は終了する。
嵐が起こり、土手を越えて洪水が起こる。
このような効果で、音楽家協会のオラトリオは人気を博し、
1784年、ハイドンが『トビアの帰還』の、
有名な『嵐の合唱』に範を求めたものだった。」

登場人物は、こんな感じ。
メリーム:王女でファラオの娘。
Simone Kermesというソプラノ。妖艶な美女の写真有り。

モーゼ:メリームに庇護され養育された。アーロンの兄弟。
Markus Schaferというテノールが歌う。真面目そうなダンディ。

アーロン:司祭。Linda Perilloというソプラノ。
写真は、やさしいお姉さんの感じ。

ファラオ:エジプトの王。
Tom Solというバス担当。恐いハゲのおっさん。

あと、イスラエルの民衆を表わすコーラスがある。

CD1:
Track1:シンフォニア。
1787年の作品という事だから、
モーツァルトの三大交響曲前夜の作品。

さすがに、ものものしく、神秘的で、
聴き応えある序奏である。
ティンパニや金管の炸裂に、
木管の不安げな和音が重なる。
主部でも、金管が壮大に吹き鳴らされ、
神話の世界に我々を効果的に連れて行く。
この炸裂感、
ロッシーニの影響を受けたシューベルトと呼んでも良さそう。

Track2:イスラエル人の合唱。
「楽しい時は、主よ、我らに訪れるのですか。
偉大なる神は、我らをこの苦役の中に葬るのか。
主よ、あなたの敵による理不尽な虐待は強まるばかり、
あなたの力も徳も、この不幸には無力なのですか。」

曲そのままの管弦楽の序奏に続き、
混声合唱が悲痛な嘆きを歌う。
活発な伴奏音型も耳に残る。

Track3:モーゼのレチタティーボ。
「何と言う声、おお主よ、何と言う嘆き、
落胆の悲痛が心から溢れている。
違う、不幸な人たちよ、違う。
ここは死すべきところにあらず。
苦役の鎖のくびきは、神のために砕かれん。
今こそ、自由に向けて旅立つのだ。
暴君もその頑固な心を和らげている。
彼もいまや、我らの救出に手を差し伸べている。」

Track4:モーゼのアリア。
「暴君の憤怒も神の掟に従って、
もはや、暗い漆黒の空はない。
心配や恐れを捨てて、不幸で悲しい者たちよ、
今や、自由に帰るのに、
何も怖れることはないゆえに。」

勇ましいメロディーで歌われる、
英雄的な歌で、トロンボーンも鳴り渡り、
気分を大きく高めてくれる。

Track5:メリームとモーゼのレチタティーボ。
「メリーム:息子よ。
モーゼ:母よ。
メリーム:行くの。
モーゼ:神が求めるがゆえに。
メリーム:これが私が受け取る報いなのですか。
モーゼ:メリーム、神よ、出来ることなら。
メリーム:あなたがまだ私に相応しい同情をしてくれるなら、
もし、この嘆きを忘れていないなら、
私の苦しみは去り、涙も乾くでしょう。
だから決心を変えて、お願いです。決心を。
愛しい息子の情愛を、愛する母は請うているのです。」

Track6:メリームのアリア。
「この苦痛に、ああ、息子よ、心動かして下さい。
私の最後の涙に心を。
もし、あなたが行くのなら。
あなたなしにここにいることなど。
私の愛、私の情愛。
もし、最愛のあなたが行くのなら、
私なしに、あなたもそうなるの。」

これも、切迫感に満ちた、
しかも、美声を聴かせるみごとなアリアである。
モーツァルトの「ト短調交響曲」もこうした嘆きの歌の、
延長にあるように思える。

ちなみに、筋としては、
全編が、この延長と考えて差し支えない。
行くの、行かないの、で押し通されている感じ。

Track7:
モーゼ、メリーム、アーロンのレチタティーボ。
レチタティーボといえど、効果的な伴奏。
ピアノフォルテのぽろぽろ音も美しい。

「モーゼ:おちついて下さい、母よ。
あなたのもとからの出発は何も無謀なことではない。
同様の感情はありますが、天が望んでいるのです。
その意思にあなたもわたしも逆らうことは出来ない。
この兆候が分かりませんか。
それは私には十分すぎるほど語りかけるのですが。
メリーム:私は狂って、目も見えないというのですか。
無茶な掟をあなたに突きつけるのは、
何らかの人為であって、神はそんな無謀なものではない。
アーロン:王女よ、何をしようとするのです。
その不注意な唇を抑えて下さい。
信ずるものを働かせ、目を覚まさせるのは偉大なる神なのです。
そんな態度はいけません。
彼を敬い怖れるのです。
彼は不信心に怖れを与える力もお持ちです。」

Track8:アーロンのアリア。
このアリアはゆっくりした主部に、
激烈な警告の音楽が挟まれる。
「彼は、彼を信じる全て、
彼を求める全てにとって、
信心の泉、純愛の源。
しかし、彼の意思を感じることは出来ない
不信心な者には、その怒りしか感じられぬ。」

Track9:合唱。
Track10でこれは、緊張感溢れるフーガとなって、
ファラオの登場を印象付ける。
「神の意思を感じられぬ尊大な暴君が、
きっと、その怒りと憤怒を感じることだろう。」

Track10:ファラオとモーゼのレチタティーボ。
緊迫した場面が続く。
「ファラオ:何故、お前の仲間たちと行かないのか。
モーゼ:迫害された可愛そうな民に自由を与えると、
約束を下さるまでは行く事は出来ません。
ファラオ:何を約束したかな。
それでは不十分か。
この苦役からの解放だけでは不十分かな。
モーゼ:十分とは言えません。
ご存じでしょう、
あなたから神はもっと求めておいでです。
これ以上、その尊大さで神を害さず、
神の怒りを怖れて下さい。
ファラオ:貴様のような下賤が、脅すのか。
この不遜な恥ずべき男に我が怒りの重さを思い知らせようか。
私に逆らう、天の力を見てみるか。
私は全てを動員するぞ。怒り、敵意、憤怒。」

Track12:ファラオのアリア。
「私の王権と我が力は敬いもせず、あがめもしない。
悪党め、私の怒りに何が出来るか教えようか。
訳の分からぬ神に言え、この手、このくびきから、
助けに来るようにと。」
このアリアは、怒り狂った王様の歌としては、
皮肉にみちた嘲笑風のもの。
リズムが弾んで、この陰鬱な押し問答の作品に、
ここらで変化を付けたくなるのも納得。

Track13:モーゼとメリームとファラオのレチタティーボ。
このあたりのやりとりが、
次第に前半の緊迫感を盛り上げるスタート地点であろうか。
しかし、メリームの言葉こそが、私の言いたいことでもある。
モーゼが一人、問題をややこしくしているように見えまいか。

「モーゼ:やめて下さい。何を言うのです。
あなたの硬い心、盲目の誇りが、あえて天に逆らう。
ああ、王女よ、あなたに私が何か意味あるものであったとすれば、
私に、あなた自身に、王様に、この地に、この国の民に、
愛情を感じるのであれば、王様のお怒りをお鎮め下さい。
メリーム:息子よ、すべての問題があなたから出ている時に、
私に何が出来るでしょう。
ファラオ:すべての希望は無駄だ。私が言い、私がするように、
反対の事はありえないのだ。
モーゼ:ならば好きになさるがよい。
行け、兄弟よ。
苦しむ民を集め、こう言うのだ。
跪き、謙遜し、神にこの苦しみの終りを請うようにと。
そして、天の力が王に対し、
悲しみに混乱したエジプトが王に対して何と言うかを、
確かめようではないか。」

Track14:合唱付き四重唱。
この9分の大フィナーレは非常に聞き映えのするもので、
緊張感を保ちながら、
シューベルトの作品にでも出て来るような、明るい歌も響かせ、
いかにも、ヴィーン風の印象を受ける。
金管が盛り上げ、弦楽の精妙な伴奏、合唱の効果的な利用によって、
充実した音楽が繰り広げられる。
「メリーム:怖れと希望の狭間で、
私の絶望はどうなるの。
私と息子と王の両方に愛情を見せるのが私の役目。
アーロン:悪人の怒りと気まぐれ、
偏屈や頑強から、
さらなる虐殺や恐ろしい出来事が、
起こるに違いない。
ただ、あなたのために。
モーゼ:この日の記憶は、
我々の心に残り、王の王に何が出来るかを、
驚きを持って見ることになるだろう。」

不気味な金管が暗雲を告げるものの、
アンサンブルは晴朗に響き、
心浮き立つリズミカルな足取りで終盤へと続いていく。
典雅にピアノフォルテの音が響き、木管が弧を描く。
シューベルトは、このあたりが苦手だったかもしれない。
シリアスなシーンは、シリアスに書くのがシューベルトだ。

「ファラオ:これら悪人たちの騒ぎと無謀が、
我が心に憤怒を焚き付け、
恐怖のみが彼らへの恵みとなろう。
アーロンとモーゼ(神に):この凶暴な心を鎮めたまえ。
あなたの敵を追い散らして。
合唱:不運に哀れみを。神よ、哀れみを。
メリームとファラオは、幸福の日々を願わぬ狂人です。
4人:希望は消えた。
殺戮と死の恐怖。
すべてが恐ろしい。
合唱:この不運に哀れみを、偉大なる神様。」

Track15:嵐の合唱。
「太陽を闇が覆い、
天は燃え、怒りの稲妻が光る。
地震が起こり、津波が来る。
洪水が川の堤を越えた。」

どろどろとわき起こる弦楽に続いて、
金管の咆吼と爆発。
この合唱の歌詞の説明調にはぶっとぶが、
すごい迫力であることに間違いはない。

ここは、年末のクライマックスイベントの役割を果たしている。
聴きに来た人たちは、息を飲んで聞き入ったことであろう。

果たしてこの妄信的な四人の頑固者は、
この後、どうなるのでろうか。
分からず屋の押し問答の末に神の怒りが下った。
(私にはそう見える。)

会社や組織でありがちな、生産性のまるでない、
低レベルの不毛なディスカッションに、
うんざりする内容であるが、
ヴィーン在住のボヘミア人のコジェルフは、
「エジプトのモーゼ」ならぬ、
「ヴィーンのコジェルフ」という側面を、
ここに照らし出しているのだろうか。

時あたかも、ヨーゼフ二世の治世。
急速な改革が、
民族問題を含む様々な方面に飛び火したようだが、
ここまで私は語る力がない。

こんな具合に、前半だけで力尽きて、後半は次回にする。

得られた事:「コジェルフは、器楽曲でかろうじて知られるが、こうした大活劇を描く力量も有り。」
「ヴィーンでは、イタリア語オラトリオが流行っていたが、シューベルトの時代には廃れていた。」
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by franz310 | 2009-10-03 20:45 | 音楽
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